大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行ケ)51号 判決

主文

一  被告は、この判決の確定した時から五年間、静岡県第七区において行われる衆議院(小選挙区選出)議員の選挙において、候補者となり、又は候補者であることができない。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

理由

一  請求原因1(被告の立候補)及び3(乙山の選挙犯罪)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因2(乙山の組織的選挙運動管理者等該当性)について判断する。

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められ、右認定に反する乙第一ないし第三号証は、いずれも本訴のために本訴提起後である平成九年七月一日付けで作成されたものであって、刑事事件の捜査段階において作成された前掲各証拠に照らして、これを措信することができない。

(一)  被告は、本件選挙までに、三島市議会議員を二期、静岡県議会議員を三期務めた者である。被告の中学校以来の親友である乙山や戊山は、これらの各議会議員選挙において被告を応援し、三島市を基盤とする甲野太郎後援会が昭和五七年九月に発足した後の県議会議員選挙の際には、乙山がその幹事長として、戊山がその事務局長として、相互に協力しながら、被告が立候補した選挙運動の指揮、監督等を行い、車の両輪のように実質上被告の選挙を取り仕切ってきた。

(二)  被告は、平成六年一一月末ころ、自民党を離脱して無所属となり、主として伊豆半島一円を範囲とする静岡県第七区から本件選挙に立候補する旨を表明した。ところが、同選挙区内の三島市は、被告の地元であり、かつ、被告の支持母体である甲野太郎後援会が存在するものの、他の地域にはほとんど支持基盤がなかったため、被告は、被告の秘書であった甲山のほかに、同年秋ころに雇用した丙川、丙原八郎、丁田九郎にその地盤作りをさせ、その結果、下田地区等の地区後援会が設立された。

(三)  乙山と戊山は、平成八年七月初旬ころ、被告の右立候補の意思を知り、その当選を願い、今までの選挙と同様に車の両輪のように相互に協力して、被告のために選挙運動を行うことを決意し、同年九月に入った時期からは、両者で選挙組織作りや選挙の戦術、戦略について相談した。乙山は、戊山に対し、本件選挙では田方郡における勝敗が被告の当落を決するとの認識を示したうえで、田方郡においての個別訪問(ローラー作戦)や電話による投票依頼(電話作戦)を大規模に行う必要があり、実質的には選挙対策組織である田方郡の被告後援会組織が未だ出来上がっておらず、組織的な運動が望めない状況であるので、これらの地区に裏選対事務所を設ける方針を打ち出す必要があることを発議し、戊山もこれを賛同した。

(四)  乙山は、平成八年九月一四日、戊山から呼び出されて、被告の自宅の隣の三島市《番地略》所在の甲野太郎後援会事務所に赴き、同所で、戊山、被告及び甲山と選挙対策のための会合を開き、<1>同月一九日三島市梅名に設けた事務所において、本件選挙のための組織を発足させ、発会式を行うこと、<2>その組織の役員としては、事務長に甲野太郎後援会の会長である甲原一夫を、選挙対策委員長に三島市議団のリーダーである戊野十郎をそれぞれ充て、企画部長には乙山が、総務部長には戊山が就任し、残りの役員である選挙対策副委員長、広報部長、遊説部長、日程部長等については、乙山と戊山が人選すること、<3>乙山と戊山は、今までと同様に選挙運動を取り仕切ることとし、右組織の最高責任者として各役員の中心となり、右組織が行う選挙運動方針を決定し、指揮をとること、<4>選挙運動資金は寄付金等をもって充てること等を取り決めた。

その際、資金関係に関する話も出たが、被告は、金がないので二人でやってくれと言って、資金関係は今までのように乙山と戊山の二人に任せることとした。乙山は、裏金の準備に付いても言及した。戊山は、そのような金を使わずに選挙運動を行いたいと述べたが、乙山が無理である旨告げると、戊山は、そのような金は取り扱わないと述べた。乙山は、正規の金の授受は戊山に任せ、裏金は自分で扱う旨述べたところ、戊山は、裏金とする資金もないと告げると、乙山は、自分で準備してあるし、出来る範囲で出す旨述べ、被告を当選させるためには、法に触れるような金銭の支出もあえて厭わず、裏金については自らが用意し、使用する腹を固めた。

被告は、甲原一夫に対し、右組織の事務長に就任することを要請し、甲原一夫もこれを了承した。

(五)  平成八年九月一九日、三島市梅名に設置された事務所において、被告、乙山、戊山、甲原一夫、戊野十郎らのほか、各地区後援会世話人など約四〇〇人が出席し、乙山の司会のもとで、事務所開きが行われ、席上、被告が来るべき本件選挙に立候補するので自己のために選挙運動をするよう求める挨拶をし、他の来賓も被告の当選を得るため選挙運動するようにとの挨拶をした。

(六)  ところが、翌日の平成八年九月二〇日、乙山の妻の松子が高血圧による脳内出血で倒れ、救急車により運ばれて入院し、手術を受ける事態となったため、乙山は、同月二五日ころまでは、その看病に専念し選挙運動から離脱したが、同月二六日ころからは、看病の合間を見て、ほぼ連日右梅名の事務所に設置されていた乙山専用の個室に詰め、再び選挙運動の指揮をとることとなった。

(七)  乙山は、選挙運動に復帰すると、自己が離脱していた間の選挙運動の状況を点検し、その間、法定ビラ等の検討、九月二八日に第一回の選挙対策会議を開催することの決定とその通知、一〇月三日の総決起大会の案内状の宛名書き等の活動が行われていたに過ぎなかったため、第一回選挙対策会議の前日である平成八年九月二七日ころ、本件選挙の被告の選挙対策組織の残りの役員を戊山と協議のうえ選任して被告に報告したほか、梅名の事務所に設置されていた電話を一〇回線ほど増設する手配をしたり、三島地区の地区後援会会長らに田方郡を重点とした個別訪問を行うように依頼したり、戊山が不用意にも張り出していた個別訪問のスケジュール表を撤去させたり、同年一〇月一日には、離脱前に作成されていた被告の遊説日程案を検討してこれを一部訂正し、被告の了承を得るなどした。被告は、右遊説日程に基づき、公示日である同月八日から同月一九日ころにかけ、選挙区全域をくまなく回って遊説した。

(八)  乙山は、企画担当部長としては、遊説のための車両を用意し、看板を取付ける等のハード面を担当していたが、戊山とともに寄付金を受け取って領収書を発行したりするなどした。

(九)  被告の支持基盤を選挙区全域に拡大するための地盤作りは、功を奏し、平成八年九月から一〇月にかけて、熱海地区、伊東地区等六ヶ所の地区後援会が組織された。そして、同年九月二八日には、被告も出席して第一回の選挙対策会議が行われたが、そこで、戊山が提案し、了承された運動方針は、同月一四日に決められた前記方針をそのまま採用したものであった。そして、選挙対策会議は、同年一〇月六日、同月一二日、同月一六日にも被告が出席して開催された。乙山もいずれの会議にも出席したが、同月一二日の第三回選挙対策会議においては、その司会を務めた。

(一〇)  乙山は、平成八年一〇月三日に三島文化会館で開催された被告の総決起大会に被告とともに出席し、しかも、自ら司会を行い、約一二〇〇名の参加者に被告への支持を訴えた。

また、同月七日には、自ら警察署に赴き、選挙遊説用の自動車の規格が法規に違反しない旨の確認書を貰った。

2  被告は、前認定に供された甲第六ないし第二七号証、甲第三三ないし第三八号証、甲第四〇ないし第四五号証につき、第三証拠関係欄の二(被告の証拠抗弁)に記載するように、右各証拠の内容は、買収事件とは関係がない背景事情に過ぎず、本件立候補禁止訴訟を意識して各供述者の身柄拘束中に作成された違法なものであり、証拠能力はない旨主張する。確かに、右各証拠は、いずれも、被疑者とされた供述者の供述録取書ではあるが、右各証拠の内容は、いずれも、買収事件における供与及び受供与の具体的状況のほか、買収に至る経緯、被告の選挙運動組織の実態、選挙運動の実態、買収資金の出所等に関するものであり、犯罪捜査の目的が、犯罪事実の存否だけではなく、訴追の要否を決し、起訴すべき事案については適正な科刑を得るための犯情をも明らかにすることにもあるのであるから、買収等の事犯の捜査においては、被疑者が所属する選挙運動組織の実態、組織の中での被疑者の役割、組織と候補者との関係、被疑者と候補者との関係等の犯状に係わる背景事情を捜査により解明すべきことは当然であり、右各証拠の内容が買収事犯とは全く無関係の背景事情に過ぎないとは到底認められず、被告の主張はその前提を欠き、採用できない。

3  ところで、公職選挙法二五一条の三に規定する組織的選挙運動管理者等に該当するというためには、(1)候補者又は立候補予定者(以下「候補者等」という。)と意思を通じて組織により行われる選挙運動があること、すなわち、<1>選挙運動を行う組織があること、<2>候補者等と当該組織(具体的には、組織の総括者)が、当該組織により選挙運動が行われることについて意思を通じていること、(2)その者が当該選挙運動の管理を行う者であること、すなわち、<1>選挙運動の計画の立案若しくは調整を行う者、<2>選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督を行う者、<3>その他選挙運動の管理を行う者のいずれかに該当することが必要である。

4  そこで、前認定の事実に基づき、乙山が組織的選挙運動管理者等に該当するかどうかを検討する。

(一)  選挙運動を行う組織とは、特定の候補者等を当選させる目的の下に、複数の人が、役割を分担し、相互の力を利用し合い、協力し合って活動する実態をもった人の集合体及びその連合体であり、前認定のとおり、甲原一夫を事務長とする被告の選挙対策組織がこれに該当することは明らかであり、これが被告の後援会であるとしても、いわゆる「選挙運動を行う組織」に該当すると認めることにはなんらの支障となるものではない。

(二)  そして、被告が、甲原一夫に対し、右組織の最高責任者である事務長への就任を要請したことは前認定のとおりであり、両者間において、本件選挙の選挙運動が右組織により行われることについて、相互に認識し、了解していたことも当然推認される。

(三)  乙山が、本件選挙において、戊山とともに右組織の実質上の最高責任者として、選挙運動の計画の立案若しくは調整を行い、選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督を行ってきたことは前認定のとおりである。もっとも、被告は、乙山は、一旦選挙運動に加わったものの、平成八年九月一〇日の妻松子の発病により、選挙運動から離脱したと主張するが、前認定のとおり、同月二六日以降、乙山は本件選挙の選挙運動の計画の立案、選挙運動に関する指揮等に携わっていたものであり、右被告の主張は到底採用できない。

(四)  以上のとおり、乙山が、公職選挙法二五一条の三に規定する組織的選挙運動管理者等に該当することは明らかというべきである。

三  そこで、被告の抗弁について判断する。

被告は、乙山が請求原因3に記載する選挙犯罪を行うことを防止するため相当の注意を怠らなかった旨主張するが、右主張内容は、結局、被告が単に乙山の経歴や人格を信じてその活動を放任していたというものであって、具体的になんらかの積極的行動を取ったというものではないうえ、たとえ、被告が違法な金銭の支出を嫌悪していたとしても、前認定のとおり、平成八年九月一四日の甲野太郎後援会事務所における会合の際、被告は、金がないので二人でやってくれと言って資金関係を乙山と戊山の二人に任せたのであって、それ以上に選挙犯罪の発生を阻止するに足る制度等を組織したり、選挙犯罪阻止のために日々これを点検するなどの措置を執ったものではないから、本件において、被告が、公職選挙法二五一条の三第二項三号にいう「相当の行為を怠らなかった」とは到底認められず、被告の仮定抗弁はその理由がない。

四  以上のとおりであって、原告の本訴請求は理由があるからこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 町田 顕 裁判官 末永 進 裁判官 藤山雅行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例